有機還元葬 豊かに巡るいのち

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有機還元葬という弔い方


水俣で知り合った古い友人が、

とても面白い記事を書いていた。

キーワードは、

ゴミ、

大量消費社会、

公害、

そして、

有機還元葬

(記事から触発されたことを書いてみます)

・・・

食べたものは、屎尿(ゴミ)になる。

ものは壊れる。壊れたら、ゴミになる。

微生物が分解できるものはいいが、

できないもの(プラスチックなど)はずっと残る。

(梅図かずおの「漂流教室」でもそんな場面が出てくる)

 

近代以前は、屎尿の処理が大きな課題だったらしい。

(その点、江戸幕府は糞尿を肥料にするシステムを作り上げていたようだ)

近代以降は、自然には分解されないものが多量に生産されている

ということが問題なのだろう。

 

以前4年生で、ゴミの授業をしたときは、ゴミを他県に買い取ってもらうという事実を知り驚いた。

今は海外に買い取ってもらっているようだ。

 

なぜ、そんなにゴミが出る。

 

たくさん作るからだ。

なぜたくさん作る。

お金を稼ぐため。

なぜ、お金を稼ぐ。

まずは、食うため。

買って食って腹を満たすため。

今は腹だけではなく、

満たされなければならないものがとても多くなった。

大量生産、大量消費の時代。

しかし、何事も表があれば、裏がある。

 

私は、きれいな商品は見たいが、汚いゴミは見たくない。

ゴミは近所のごみ捨て場においておけば、目の前からなくなる。

その先のことはあまり知らない。

 

同じように、100円ショップの商品がどのようにしてつくられるのかを知らない。

 

そんなに遠くない過去に、

製品やその原料を作るために、多くの有害な物質が排出され、

そのために人や動物や自然に取り返しのつかない損害を与えたという事実がある。

公害の歴史。

 

過去ではなくても、

私たちが使っている電気をつくるために、

今現在、核廃棄物(核のゴミ)が多量に出ている。

 

ゴミ問題は多くの人が見たくないものゆえ、人の目から見えないようになっている。

 

古い友人は、二つ提案している。

一つは、屎尿を集積した後に浄化システムを経て肥料化するシステム。

集めた屎尿を処理して、液肥として生まれ変わらせる試みもはじまっているという。

 

もう一つは、「死後の人体の埋葬方法」

遺体をコンポスト(たい肥化)する有機還元葬(たい肥葬)

-死亡した人体をウッドチップバクテリアで満たされた専用棺に納め、約3~7週間かけて全身をゆっくり分解して土へと変容させる弔い方ー

というものがあるらしい。

 

この発想に深くうなづくのは、

彼が言うように、

「身近な大切な人がなくなっても、

その人が土となって還った場所から生えている草花や蝶や鉢、鳴きかわす小鳥を見たときに、『彼らの細胞の一部は、かつてあの人だったのかもしれない』と、実感できる」

ということ。

 

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豊穣な光子となって・・・・・


最後に彼はこう締めくくっている。

 

体が死んだら微生物に分解され、やがて他の生物に取り込まれるのだ、と実感すれば、(略)自然や他の生物に、共に生態系の輪をつくる仲間だという親近感と一体感をもたらし、根本的な意識変革を個人や社会にうながすことになるかもしれません。そしてこのパラダイムシフトは、文明の在り方の大きな転換にもつながるのではないか。そんな未来のビジョンを創造します。

 

このビジョンは忘れてはいけないな、と強く思った次第です。