絵ことば又兵衛 〜難儀な己を抱えたまま、ふらふら生きる〜

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絵ことば又兵衛 を読み終わった。

面白かった。いいものを読んだ。大変な書き手だと思った。

著者の谷津矢車さんは、千九百八十六年生まれ。若い方だ。

ご本人は、ゆるふわ系を目指しているという。しかし、この物語には芯があった。

 

その芯とは、

人の世を生きる、

その千差万別なあり方、

全てに対する愛おしさ。

 

谷津矢車の芯と、

この物語の主人公、岩佐又兵衛の芯が、

とても近しいところにあったがゆえにこの物語は秀逸なのものになったのだろう。

 

岩佐又兵衛

絵師である。

 

時は戦国、波乱の時代。

 

時の覇者、織田信長に反乱した荒木村重の嫡男として生まれた又兵衛は、

乳母のお葉とともに、覇者の追ってから逃げのびる。

又兵衛は、お葉を母とし、健やかに育つが、

ふとしたことから、

絵の道に捕まる。

 

捕まった又兵衛は、

己の、如何ともし難い難儀を、

絵により、解き放とうと足掻く。

絵を描くことが唯一の救いであるが、

絵を描くことでしか生き延びることができない。

 

この小説を読み終わって、

谷津矢車は、又兵衛のことが好きなんだな、と思った。

好きじゃなかったら、又兵衛のことをこんな風には書けないだろうな。

 

私も、そうだ。

谷津矢車が描いた又兵衛を好きになった。

 

市井の「人」を愛し、

吃りで、生きるに不器用な又兵衛が好きになった。

 

私が一番好きなところ・・・

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しばし、部屋の中には沈黙が満ちた。ややあって、鶴姫がぽつりと口を開いた。

「ー父は、わらわのことを想うておられたか」

その時、鶴姫の大きな両目から、一筋の涙が零れた。左の目から零れた涙は頬の傷を伝い、流れた。それはまるで、傷跡を癒すかのようだった。

絵ことば又兵衛p323より

 

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思いきりはしょるが、

鶴姫の父は松平忠直である。

忠直は秀康の子である。

秀康は、家康の次男。秀吉の養子となった。

 

秀吉の世も、家康の世も、肯定したい

秀康の、その思いを忠直は密かに受け継いでいた。

忠直は父の思いを何より大事にしたい男であった。父が大好きだった。

情愛溢れる、

「人」であったが故に、

忠直は、豊臣と徳川の狭間で、

狂った。

狂った忠直に、鶴姫は傷つけられたが、

又兵衛の絵を通して、

狂わない父の思いを、

受け取ることができた。

 

そんな鶴姫の涙であった。

 

もう、この物語は絶対に面白い。

読んでいただきたい。

お願い。