高橋一生は別格である、なぜなら・・・

f:id:gugugudou:20210322204544j:plain


天国と地獄

最終回は泣いた。

たぶん、全国の多くの人と一緒に。

 

しかし、飲んだくれは怒っている、

なんなんだぁいったい今のテレビ番組というものはぁ。

なんで、どいつもこいつも、

10回放送で終わってしまうんだぁ。

制約が、在りすぎる。

 

なんで、

望月彩子が、次々

コマーシャルにでてくんじゃぁ。

コマーシャルがうざすぎる。

 

おめえたちよぉ脚本家や俳優の方たちに、

素手でコンクリートを掘らせるようなことすんじゃねえよぉ

 

しかしだ、

飲んだくれは感動しているのだ。

なんと、

素手でコンクリートを掘ってしまっているではないか。

 

高橋一生という俳優がいる。

f:id:gugugudou:20210322204958j:plain

 

綾瀬はるかという女優がいる。

柄本佑という名脇役がいる。

・・・・・

一人では無理な荒事を

みんなで成し遂げてしまった、と私には思えた。

 

みんなで成し遂げたその中心にいるのは、

高橋一生だ。

今回の番組で私は確信した。

それは「凪のお暇」の時も、

うすうすは感じていたことだ。

しかし、「凪・・・」の時は、黒木華がいたがために、

高橋一生の、魂をひそかに揺さぶる神的影響力に、

うかつにも気づくことができなかった。

もちろん、黒木にも、

綾瀬にも、

それはあり、

だから彼らが渦立てるものがたりは、

あまりの制約の中でさえも、

見る者の魂をゆさぶる。

 

しかし、高橋一生は別格である。

高橋一生は、その本来の意味での「俳優(わざおぎ)」なのだろう。

 

「わざおぎ(俳優)」

わざ(神意)をおぐ(まねく)者

神様を楽しませる者

神様をなぐさめ、鎮める者

 

俳ー手を外に向けて、体を広げるような開放的で激しい動き

優ー手を内に向けて、顔を伏せるような内向的で静かな動き

(以上、shirokuroneko.comより)

 

高橋一生の内からあふれる、激しい、静かな渦が、

向き合う者の俳優(わざおぎ)の魂を呼び覚ます。

 

そういうことが現場で起きていたのだろう。

故に、「凪のお暇」は類まれな大傑作(個人の感想です)であり、

「天国と地獄」は、制約在りまくりの中で作られた脚本ではあったが、

傑作となったのではないだろうか。

 

高橋一生

目の離せない俳優である。